そして、確かめたことはないが、川への物理的な距離が近い分、人々の水辺への心理的な距離感も近いのではないだろうか。そこは人々の憩いの場となっているように見える。たとえば、プラハのモルダウ(ヴルタヴァ)川に架かる有名なカレル橋は、歩行者専用となっていて、橋の上でストリート・ミュージシャンが演奏する周りを聴衆が取り囲むといった光景が見られる。
 
 



プラハ・カレル橋遠景

 

カレル橋を行き交う人々
 
 

 田舎に行けば、川は小さくなり、人々はさらに川に近付く。コッツウォルズ地方(イギリス)の小さな美しい村バートン・オン・ザ・ウォーターでは、小川の岸に広がる芝生の上で人々が寛いでいるし、ボヘミア地方(チェコ)南部にあるチェスキークルムロフを流れる小川(実はモルダウ川上流)も、静かなこの街に心地よいせせらぎの音を添えていた。街中を散歩していて、その小川の水温を確かめるために手をいれることができるくらい、散策路と小川の距離も近いが、それだけに人々は水の周りで和んでいるのだと言えよう。

 前述のとおり、我が国では、人の住むところと川とを堤防が隔てていて、これは河川の性格上、運命的なものなのだが、こういう欧州の街と川の関係を見ると、羨ましい気がしないでもない。外国には美しい街が多いが、欧州の街もまた美しい。一般には建築後、何十年、何百年建っているクラシカルな建物が建ち並んでいるからだと考えられがちだが、それだけでなく、こうした川の流れを取りこんだ全体的な街の構成に整合性が取れているから一層美しいという事実も忘れてはならないと思う。川を中心に街が発展しており、川が流れる風景がその街の風景なのである。

 そんなわけで、爾来、私が秘かに思っていたのは、北海道の小さな町で、近くを流れる川から水を引き、中心市街地の真ん中を走る水路をつくれないかということである。

 札幌駅北口の歩行者通路の真ん中には水の流れがあることを多くの人が知っていよう。ヒューストンでは、街中のトランジットモールの区間で、細長いプールがLRT(路面電車)のレールの両側に並行して伸びているという。トランジットモールとはLRTだけは走行できる歩行者天国のことだから、歩行者と電車を隔離するためにそのような水辺空間を設けたということもあろうが、水が人々にもたらす心理的効果も考えられたに違いない。

 それらの人工的な細く延びた池を、もっと本物の河川に近づけたい。そして、北海道の小さな町において、両側に商店街が続くまちのメインストリートを歩行者天国化し、その真ん中を水がさやさやと流れる、というイメージである(バートン・オン・ザ・ウォーターの写真ご参照)。買い物の途中で人々が小川のある心安らぐ空間で一休みする、そんなのどかな街があってもいいのではないかと思うのだが・・・。冬期間はその水路に排雪の役割を担わせてもいいかもしれない。

 
 



バートン・オン・ザ・ウォーターの落ち着いた街並み


 
 

 とはいえ、北海道でいきなりそこまでいくのは無理だろうから、まずは本当の河川の水辺で寛ぐという発想で何かをやっていけないか。河川敷地の占用許可を得て、水辺(堤外地)でイベントを開催したり、オープンカフェを展開したりして、恒常的に楽しく賑わいのある場をつくろうということだ。既に、大阪など実際にかなり成功している例もある。そういう動きを進めて、本物の川の水辺に人々が集い、癒しを得ることのできる環境をつくりあげていきたいものである。

 そんなことを言うと、「地元にはそんなノウハウがないので無理」という声が聞こえてきそうだが、そういうときこそ、石狩川振興財団に相談されてはいかがだろうか。私も、同財団には、「石狩川水系の河川を活用した地域興しに関するシンクタンク」としての役割を大いに期待しているところである。
※文中の写真は筆者撮影


 
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