コペンハーゲン市内を散歩していると、歩道によく石ブロックが置かれていることに気付く。町並みに非常にうまく溶け込んでいるのであるが、実は、視覚障害者のためのリードラインの役割も兼ね備えているのである。
 デンマークでも、公共施設を建設する際には、ユニバーサルデザインを採用することが義務付けられているが、建設する際の基準の一つとして、デンマーク基準協会が発行する“Accessibility for All”がある。これによると、高齢者や身障者のみが対象となるのではなく、全ての人が対象となるのである。

 
   
 

歩道の石ブロック

 

ロイヤルシアター玄関前のスロープ

 
 

 つまり、障害の有無、年齢、性別等に関わらず多様な人々にとって利用しやすいよう都市や生活環境をデザインしようとする考え方が根付いているとも言えるのである。
 こうした「全ての人々が利用できる」という考え方が背景にあるのか、例えば、子供連れの家族でも、レストランに入って嫌な顔をされることはないし、美術館にもキッズスペースが併設されている場合も少なくないのである。日本では、特に家族連れともなれば相当敷居が高くなってしまいがちな施設が、デンマークにおいては大いに楽しむことができるのである。

 
 
 

アロス美術館のキッズコーナー。子供が自由に絵を画いて
楽しむことができる。

 
     
   
 

 デンマーク独特の言葉に「ヒュッゲ(Hygge)」というものがある。居心地のいい、快適な、温かみのある様を表す言葉なのだが、長くて暗い冬を家の中で過ごさなければならない彼らにとって、家の中において如何にヒュッゲな雰囲気を作り出すのかにかけるエネルギーたるや凄まじいものがある。日本でも高い人気を保ち続けている北欧家具や北欧照明は、家の中を少しでもハイセンスに、そしてヒュッゲな空間にしようとする彼らの意気込みそのものなのである。
 さて、デンマーク人はこうしたヒュッゲな空間を作り出すべく、比較的若い年齢層でも簡単に住宅を買ったりしている。実は、住宅の寿命が凡そ20〜30年と言われている日本に比べ、デンマークのそれは数倍は長いといわれているからである。これは、住宅に投資するお金を大幅に節減できるということなのだが、老朽化による資産の目減りがゆるやかなため、住宅ローンも組みやすく、気軽に住宅を購入することができるのである。
  さらに、住宅を売買する際には、住宅診断書に基づく専門家のチェックが行われ、トラブルの発生が未然に防がれている他、保険会社が住宅に係るリスクをカバーする制度が整っていることも円滑な住宅売買を下支えしていると言える。こうした状況は住宅市場の流動化に繋がっており、簡単に住宅を住み替えたりすることを可能にしているのである。長い人生において、家族のサイズや事情は当然変わるものであり、それに応じてその都度適した場所とサイズの住宅に住み替える彼らのライフスタイルは、非常にスマートとしか言いようが無い。

 
 
 

ポールヘニングセンのランプ

 
     
 
 
 

 デンマークの海岸線をドライブしていると多くのマリーナが点在することに驚かされる。小規模なものを除いても国内に約2万5千のヨットと1万7千のモーターボートがあり、さすがはバイキングの国なのである。
 デンマークでは、水産業の衰退とマリンレジャーへの増大する需要への解決策として、既存の漁港をマリーナに改築する例が良く見られる。確かに産業保護の観点も必要ではあるが、ユーザーサイドの観点での行政判断をいとも簡単に行っているのである。
 例えば、コペンハーゲンの少し北にあるスコーショフマリーナでは、現在300ものプレジャーボートが停泊している。停泊料は、シーズン当たり約6千クローネ(約9万円に相当)と手が届かないレベルではない。しかも、ヨットやモーターボートも中古となると、価格もこなれており、普通のビジネスマンにとっても十分購入することが可能なのである。

 
 

スコーショフマリーナ

 
     
 
 
 

 繰り返しになるが、デンマーク人の生活は、質素かつ豊かである。そして、社会インフラは、こうした彼らのライフスタイルを機能的に下支えしているのである。国民おしなべて高い税負担を負わされ、医療や教育にお金をほとんど必要としない彼らにとって、豊かな生活を送るために必要な出費はそれ程多くないのである。つまり、言い換えれば、多くの国民が豊かな生活を送ることが可能な社会ということである。国として豊かだというのは、つまりはこういうことなのであろう。
 シンプルだが豊かな彼らの生活は、ともすれば我々日本人が忘れがちなものであろうし、高度経済成長を経て成熟した社会を目指す日本にとって、大いに参考にすべきところがあるのは間違いない。