デンマークは、コペンハーゲンのあるシェラン島及びその他400余の島によって構成される、面積約43,000(グリーンランド等を除く)、人口約550万人の北欧に位置する小国である。経済規模においても、GDP上は、北海道等、日本の一地域と同レベルに過ぎず、よくデンマーク人からは「小国ですから…」という言葉を口にする。しかし、この言葉の裏側には、小国ながらも、自国が世界において十分なプレゼンスを発揮しているという自負と、自国を愛し、そしてそこでの生活に大いに満足しているとの充足感が漂っているのである。
 2006年にレイチェスター大学のエイドリアン・ホワイト教授が発表した“World Map Of Happiness”では、デンマークが世界178カ国中で最も幸せな国とされ、折に触れ、デンマーク人は幸せだと言われる。
 では、具体的に、デンマーク人はどのような時に幸せを感じ、どのような暮らしがデンマーク人にとって豊かといえるのか。そのライフスタイルを掘り下げてみると、社会がどうあるべきなのか、ひいてはインフラ整備がどうあるべきなのかが見えてくるのではないだろうか。

 
 

 

 
   
 

 デンマーク人の一般的なライフスタイルを紹介するために、コペンハーゲン市内の海運会社に勤める35歳のイェンスに登場してもらうことにしよう。イェンスは、妻と一人娘と共に、最近、郊外のヘアレフに買ったマンションで暮らす働き盛りのビジネスマンである。

 
   
 

 イェンスの1日の始まりは朝6時と早い。起きて早々近くの公園をランニングするのが日課だ。7時には家族そろって朝食を食べるが、市内の医療会社に勤務する妻のマリアンヌが少々早めの出勤とあって、娘のエマを幼稚園まで送っていくのはイェンスの仕事である。この日も自転車の後部座席にエマを乗せて近所の幼稚園まで送り届けると、最寄りの駅まで直行である。自転車でそのまま電車に乗ることができるし、何より会社まで30分とかからないのが有りがたい。
 会社は、市内近郊の駅近くのオフィス街にある。午前中は、幹部を含めた重要なミーティングがあり、コーヒー片手に自由闊達な意見交換が行われた。午後はプロジェクトの現場視察の後、チーム内での作戦会議である。しかし、金曜日の16時ともなればスタッフの気もそぞろである。残業をするという文化がないのである。かく言うイェンスも17時30分には会社を自転車で颯爽と後にするのであった。
 家族そろっての夕食は一日の中で最も楽しい時間であり、お互いがそれぞれの1日の話をし合ううちに、話は週末の予定で盛り上がるのである。今月の週末は、イェンスが所属するアマチュアサッカーチームの試合があったり、マリアンヌの両親と古い町並みを楽しみ、そのまま美術館に行ったり、友人の家でバーベキューをしたりで忙しいが、今週末は、最近、家族ではまっているマウンテンバイクでのツーリングとあって話は大いにはずんだ。だからと言う訳ではないのだが、イェンスが密かに心の中で温めているプランを今回も言えずじまいであった。それは、会社の同僚からプレジャーボートを安く引き取るという話で、今年の夏からマリンレジャーを始めようというものである。明日こそ話そうと心に決めつつ、お気に入りのソファーにどっかりと座り、コーヒー片手に食後の読書を始めるのであった。

 彼らは自らが幸せだと感じる時間を、様々な形態を通して実に巧みに作り出すのだが、一方で、彼らの豊かな生活とは、実に質素でシンプルなのである。
 では、デンマーク人の豊かなライフスタイルを構成する要素とそれを支える社会的な要素を関連づけて整理してみることとする。
 当然のことではあるが、都市や公共交通、住宅といったインフラは人々の生活と密接に関連している。どのように人々の生活を具体的に豊かにし得るのか、というユーザーサイドの視点からデンマークのインフラ事情を眺めた際に、なるほどと思わせる工夫が随所に見て取れるのである。では、ユーザーサイドの視点から、インフラ政策・アイデアを紹介することとしたい。

 
     
 
 
 
 
 

 首都コペンハーゲンを含むシェラン島において1947年に提唱された「フィンガープラン」。これは、コペンハーゲン中心地より手の指に沿って近郊電車(S-train)を敷設し都市開発を行うと共に、指と指の間には自然を残そうとする考え方である。
 現在でもこの概念は継承されており、「フィンガープラン2007」の中では、中心都市エリア(掌部分)、郊外都市エリア(手の指部分)、緑地エリア(指と指の間部分)、その他の4つにゾーニングされ、特に緑地エリアにおいては都市開発が厳しく制限されている。
 しかし、経済成長化において都市開発を制限することは難しく、またプラン自体には法的な拘束力が無いこともあり、50〜60年代にかけて緑地エリアに多くの工業団地が進出してしまう結果となった。こうした事態を受け、政府は計画法を制定し、国土をアーバンゾーン、サマーコテージエリア、ルーラルエリアの3つにゾーニングし、特に指と指の間の自然をできる限り保全できるようにしたのである。
 デンマークでは、アーバンゾーンに人口の実に85%が居住しているが、都市域と自然は明確に区別され多くの自然と景観が保持されている他、大規模オフィスは駅より600m以内に建設することが求められる等、生活に関連する施設をよりコンパクトに配置し、その各々の移動が効率的に行われるような配慮がなされているのである。

 
 
 
 
 

フィンガープラン図。
都市域が、コペンハーゲン中心地より手を広げるように広がっている姿がわかる(出典:環境省パンフレット)